2009年11月04日

話はサニトラだったのに

SA3A0596001001.jpg

写真は今一番クールな車の一つ、サニトラです。
しかも荷台にはRM250。
最近のモトクロッサーの中では一番カッコいいと思われるヤツですよね。
こんなの転がしていりゃ〜アナタ!そりゃ〜もう入れ食いです(きっと)。でも二人乗りだから網は使えず一本釣りかな?

勝手に写真撮って載せちゃいましたが、モザイクもかけたので許して下さい!

この日曜日はもう一台サニトラがいて、これで私が知る限りモトクロッサーonサニトラは関東で5台。
きっとみんな入れ食いです。

『何この窓のちっちゃい三角〜!え〜?開いちゃうの開いちゃうのぉ!?マジマジ〜??』
こんな感じで食い付いたら後はお持ち帰りに違いない。

今度貸して下さい。



さてそんな妄想に花を咲かせていると我孫子に到着です。
妻が車で迎えにきます。

おっと、仮面夫婦は嘘だったのか?

『雨だから迎えに行かなくちゃ(はぁと)』

まさか・・・そんな感じか!?
疑惑(疑惑?)が頭を過る。

どう?過る?

基本的に我が家くらいの子供のいる家庭におけるとうちゃんが妻の行動における目的になることはなく、基本的に『オマケ』ないしは『ついで』となる。
でも標的には良くなる。


『愛』の標的ではない。

獣が獲物狙うケースの標的が近いかな。


故に私はウサギちゃんってところです^^


と、ここまでが昨日の帰りの話し。
ここからは火曜日。
今は常磐線です。

数週間消えなかった頭痛が漸く消えました。
ここ数日睡眠時間を確保することにつとめていたのだけどやはり寝不足だったようです。
40オーバーの皆様はご自愛下さい。
私も気をつけます。


そんな今日、何回か読んだ事のある本の次の一文に目が止まりました。

『我々は偶然の大地をあてもなくさまよっているということもできる。ちょうどある種の植物の羽根のついた種子が気紛れな春の風に運ばれるのと同じように。
しかしそれと同時に偶然性なんてそもそも存在しないと言う事もできる。もう起こってしまったことは明確に起こってしまったことであり、まだ起こっていないことは明確に起こっていないことである、と。つまり我々は背後の「全て」と眼前の「ゼロ」にはさまれた瞬間的な存在であり、そこには偶然もなければ可能性もない、ということになる。
しかし実際にはそのふたつのあいだにはたいした違いはない。それは(大方の対立する見解がそうであるように)ふたつの違った名前で呼ばれる同一の料理のようなものである。』

私はこの本をおそらくは10年以上前に買っていて、そして何度も読んでいるんです。
怪しい本ではないですよ。
普通の小説
村上春樹の『羊をめぐる冒険』です。
まだ村上春樹の文章がシンプルだった頃のものですね。もしかしたら荒削りと言った方が言いのかな。

本を繰り返し読む事で面白いのは、家庭や仕事そして年齢をはじめとした自分自身の事やなんやかや、自分と自分を取り巻く状況により、今までは気きにとめなかった一文がいきなり気になったりすること。

先の一文は絶望ともとれるし瞬間のみにとらわれなければ可能性とも取れる。可能性を高めるための必然がゆるぎない自分の過去として存在しているともとれるし、反面限界を示しているともとれる。
もちろん過去を反省しての可能性と考えても良いよね。
すなわちどうとらえるか、そこが問題だ。


人生、課題は山積み。

家庭の課題
仕事の課題
そして自分自身の課題

もー悩んじゃう。
でも全部片付けるなんて無理だ。
そう宣言しちゃいます。


という事で今私は水曜朝の常磐線です。
仕事も課題がいっぱい!
でも私は可能性を信じたい。
(サニトラの可能性も信じたい^^)

まぁ行ってみましょう。
posted by とっちゃん at 09:03| 茨城 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | MotoCross | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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