会社の女子との帰り道、最近JRの広告に見る新潟のおこめを使った昔ながらの巻物に私が言った『旨そうだよね』の言葉に、彼女が私の住んでいた宮城ではと話してくれたのだ。
都会人をまとう彼女らも話してみると故郷があり、思い出があり、忘れられない味がある事を知るとホッとする思いだ。
街ではなく田舎だったという彼女に冬のイメージはしっかり残っているだろうね?と思わず聞いてしまった。
20年前の冬は今とは違う。
それはきっと彼女に染み着いているはずだ。20年程前、学生だった私は冬になるとテントとスキーを担いで山に登った。
その頃の新潟ではまだ二階から外に出ると言った事があるくらいまだ雪があったのだ。
ゲレンデではないところに向かう我々は街から離れ村を抜けた。そんな時に見た雪の寒村の風景を私は思い出していた。
ある年、私は先輩達と新潟の巻機山に登った事がある。
前日夜に麓に入り、その日は民宿に泊まった。
朝起きると囲炉裏の前で朝食を食べた。
山の朝だから、多分5時頃だったと思う。
朝食を食べ終えた我々は素早く身支度した。出発する我々に民宿の女将さんが二つづつチマキを持たせてくれた。
その頃の私には食べ物に好き嫌いが多くあり、果して自分が食べられる物か判らず不安にそれを受け取った事を覚えている。
私は『チマキ』を知らなかったのだ。
巻機山は山岳スキーとしてはコンパクトにまとまった中上級者向けのコースで、日帰りとしてはハードな部類に入ると記憶している。登るには5、6時間かかるが巻機山への行程は変化に富んでいて楽しい。
見応えある深い谷、その後の開けた尾根、最後に奥只見側に開けた視界を見ながら小さなピークを目指すとそこが巻機山の頂上だ。
四方遮るもののない初春の稜線は体か傾くほど風が強かったが、風には既に春の気配がありさほど寒くなかった記憶がある。
しかしそうは言っても山の風は我々の体温を下げ体力を確実に消耗させた。
我々はその絶景と心地よさに後ろ髪をひかれたが程なくスキーを履いて下り始めた。
頂きに向かっていた稜線を降り、緩やかに左に折れて登ってきた稜線を滑る。最初は強い風にさらされた硬いバーンだったが左に折れてからはウインドクラストとなり、モナカ、シャーベットと移り変わった。
途中登りで追い抜いたパーティーを幾つかかすめた。2時間かかった稜線も10分程で終わってしまった。
稜線から外れ森林限界が終わると林の中の急斜面を降りるが、ここでは風も無くなるので昼食となった。
私はそこで初めてのチマキを食べた。
結びをほどき笹の葉を開くとしっかり詰まった餅米が輝きながら顔を出した。
私は二つを平らげた。
初めてだったからかも知れない、疲れた時に食べたからかも知れない、女将さんの手製だったからかも知れない。でも私が初めて食べたこのチマキは今でも私にとって一番美味しいチマキとなっている。
思い出と重なる食べ物の記憶が私は好きだ。
もちろん美味しくなかった記憶は別だ。
でも美味しかったという記憶には、必ずしっかりとした背景がある。
その時の状況、場所、そして一緒にいた人で美味さの記憶全く違ったものとなる。
それは充実した時間の記憶でもある。
その記憶の中には贅沢な食べ物は登場しないが、私にとってはすべて贅沢な経験ばかりだ。
彼女は既に常磐線を降りていた。
彼女が話してくれたずんだ餅は、彼女にとってどんな思い出とあるのだろう?
『上野で買おうと思うけど時間が合わなくて』と言っていた。
私はずんだ餅が食べたくなった。
でも私が買ったとして、その事は彼女に言わないでおこうと思う。
我孫子に着いた。
客がまばらな車内には冬の気配が感じられる気がした。
綺麗な月が出ている。
私はいつもより優しい気持ちとなり、少し早足に家に向かうのであった。
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